自己紹介(アニー)
この記事は「自己紹介(アニー)」カテゴリーの記事
この記事は「自己紹介(アニー)」カテゴリーの記事
2018/09/10
~~40歳まであと623日~~
はじめまして、わくわく社長ことアニーと言います。
いつもブログを読んでくださっている方からしたら初めてではない方もいらっしゃるかもしれませんが、ここで改めて自己紹介を書きたいと思います。
など、平成という年号が変わる前に改めて今の気持ちを言葉に残しておきたいと思います。
全部で10章に分けて書きますので、どうか気長にお付き合い頂けたらと思います。
↓成果を求めるビジネスマンが求める『オーダースーツ』は俺のTailorで。 |
経営者になりたいと思っていた訳ではなく、ただ漠然と人と同じ人生を生きたくないと思っていました。
それが何なのか分からないまま大学を卒業しました。
小さい頃から英語(外国)に興味があり、大学卒業後は就職もせずオーストラリアに留学に行くことにしたのでした。
オーストラリアへの留学は自分の人生を大きく変化させました。
親元を離れ、自分の力で生活したことで自分に自信が付いたこともそうですし、何より自分の知らない世界がこんなにあることにわくわくが止まりませんでした。
『いつか自分も海外に暮らしたいな』
留学をキッカケに、人生を会社に捧げなんとなく老後を迎えるという現実から逃避したいと本気で思うようになったのでした。
『人生で1番努力したのはいつですか?』
と聞かれたら、間違いなくこの2年間だと答えます。それくらい全力で過ごした2年間でした。
それまでタルんで生きてきたこれまでの時間を浄化するように、ただただがむしゃらに働きました。
今の自分の基礎のほとんどはその時に作り上げたものだと思っています。
またこの時に掲げた自分への目標があります。
それが『40歳までにリタイアし海外で暮らす』でした。
経営者を目指すキッカケとなった会社を辞め、経営者になる道を自分なりに探しはじめた20代中頃。
学生時代いつも一緒に遊んでばかりいた周りの友達も、ある程度仕事も落ち着き始め大人として生きようとし始めていました。
その頃の自分はとある工場で働きながら、自分なりの経営者の方向性をずっと模索しておりました。
ある日自分の仕事ぶりをかってくれた上司が『社員として働かないか?』と誘ってくれました。
ちょうど何もかもが上手くいかない時期でしたので本気で就職しようか迷ったのでした。
本気で悩んだ就職を断り、働いていた工場も辞め、改めて起業家を目指すスイッチが入りました。
それからネット広告のサイトを立ち上げ、営業回りをし、今まで無関係だったインターネットの世界の可能性を感じ始めました。
広告サイトはあまり上手くいかなかったのですが、その時得た情報から、当時流行り始めていたネットオークションに手を出しました。
売れそうなモノを仕入れ、とにかくなんでも販売するということを始め、少しずつ生活費が稼げるようになっていったのでした。
まつ毛エクステの予感に気付いた自分は、当時からずっと自分の起業を応援してくれていた現在の嫁に頼みこみ、まつ毛エクステの習得を都内のサロンまで行ってもらいました。
2年くらい修行してもらい、2009年8月に当時住んでいた地元である埼玉県の川越市にあるとあるマンションの部屋を使い、まつ毛エクステサロンBeautyFreakをオープンさせることが出来たのでした。
経営のノウハウなど全く無かった自分は、1つずつ手探りで会社の経営をスタートさせたのでした。
運やタイミングが良く、オープン後すぐにお店は繁盛し始めました。
人を雇い、少しずつお店も拡大し、やることとなすことが上手くいくというゴールデンタイムに突入したのでした。
周りからもどんどん注目されるようになり、自分自身もどんどん自信過剰になり『時代を作っているのは自分だ』と勘違いしてしまいそうになるくらい何でも上手くいく時期がありました。
オープンから2年くらいは正直失敗という失敗をしていなかったかもしれません。
唯一の失敗は自分自身の経営能力だけでした。。w
お店も徐々に拡大を広げ、支店もいくつか出来ました。
また、違う事業(商材販売やオーダースーツ)などにも少しずつ手を出すようになっていきました。
それまでは事業と経営方針が大切だと思って行動していたのですが、優秀な人材が離れたことをキッカケに人の育成こそが経営者として必要な能力だと考えを改めるようになったのでした。
40歳まで残り4年になろとしていた時期でした。
これまでの自分の経営方針は、目の前の仕事に対し『どうすることで効率よく進められるか』ということを中心に考え、そして行動してきました。
しかし、40歳で自分が仕事を離れるということを真剣に考え始めるようになった時、自分の能力以上に自分の周りの人間がどれだけ自分の意思を拾ってくれるかということが重要だと思うようになったのでした。
このことを真剣に考えるようになった時から、自分の経営者としての本格的な時間がスタートしたのでした。
起業家を目指すきっかけとなったのが『海外で老後を楽しむ』という想いからでした。
そしてどうせ目指すなら老後ではなく『40歳までにリタイアし海外移住する』という目標を自分自身に掲げました。
40歳まで残り2年を切り、この想いに少しずつ自分なりの変化が起き始めているのです。
この目標を掲げた頃は仕事などせずに、海外で遊びほうける暮らしを想像していましたが、いまはこれからも仕事を続けたいと思うように自分の気持ちが変化し始めているのです。
それが自分が求む今の本当の気持ちなのだと思います。
これらが自分のこれまでの人生をまとめたストーリー(あらすじ)になります。
各章ごとにその時の気持ちなどを記載しておりますので、そちらも良かったらご覧下さい^ ^
自分はこれまでの人生を振り返り、我ながら本当に充実した人生を生きているとつくづく感じています。
ただこれからはもっともっと充実した人生を送りたいとも思っております。
【何が自分を充実させるのか?】
その答えはまだ全然分かっていませんが、自分のように起業家を目指す人の助けになりたいというのが、いま現在自分が望んでいることになります。
自分をキッカケに少しでも経営者に興味を持ち、そしてわくわくした人生を送ってもらえたらこんなに嬉しいことはありません。
ちなみに自分は、LINE@限定にて、起業に対する質問や、仕事に対するお悩みなどを無料で相談を受け付けております。
何か自分を変化させたい人、これから起業を目指している人、起業したけど上手くいっていない人など、まずは色々な人を意見を聞くという行動も大切だと思います。
良かったら下記よりご連絡してみてください。
この記事を書いたのは「Annie(アニー)」
筆者「Annie(アニー)」について
Annie(アニー)をSNSでフォローするならこちら
インセプションホールディングス株式会社の代表をしている『アニー』こと倉持俊介です。
40歳までに海外に移住するという大きな目標を自分自身に掲げ、20代の前半の頃から常に考え、行動してきました。あと数年で40歳を迎えるにあたり、今リアルに海外移住を意識し始めています。
そんな自分が意識していることや感じていることなどを伝えられたらと思い、この倉持俊介.comというブログを開設しました。
少しでも夢を持つことの大切さを感じてもらえたら良いなと思っています。
ちなみに自分のあだ名でもある『アニー』とは、3兄弟の長男という意味と、会社で年長者という兄貴的な意味から。いつまでもみんなの兄貴的な存在であり続けるためにも常に背中を意識しながら生活しています。